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本場御影石の沿革

 其起源に就ては資料がないので知る由もないが、隣の石屋村は、天火明命の後裔たる石作連の一族が、石棺を造る工の長として代々此処に占居せし所と伝へられ、又聖徳太子が御父用明天皇の御陵御築造及び大阪天王寺の伽藍建立の時、良質の石材を求められて御調査の結果、本村の御影石が其選に入る光栄に浴した等の伝説に拠って考ふれば、少なくとも遠く奈良朝以前より既に良質石材を産する事が認められていたものと想像される。・・・・・住吉村村誌より
 しかして本場御影石として、全国第一の称ある荒神山の石材は、三百数十年以前豊臣秀吉の頃初めて採掘したとの説もあるが、或いは其以前とも称せられ明でない。
 其後、全盛期の享保・宝暦期には、荒神山・重箱山・五助山などには採掘場が開かれ、石屋村は石工の村として栄え、御影の浜から船積みされた石は各地に売り出された。
 ところが、良質な荒神山本御影は、そうざらに出てくるものはないので、父祖の石碑の如きは数年も前から注文して、最良を選ぶという殊勝な人もあるという。
 又、明和七年(1771年)頃大坂の石問屋株仲間の出現、さらには大正以来のセメントの進出などで御影石の切り出しは衰えていきましたが、六甲山が国立公園など、特別の規制で、山丁場の採掘、採集をして、現在も尚、商いさせて頂いております。
 ・・・・一説に、御影石の由来については、聖徳太子の母公生身の阿弥陀仏を拝せんとて、西方を念じ給う。至信ありけるにや、此山の嶺より尊影あらはれしより御影山と言う。 世に山越彌陀というは此縁なりとぞ・・・・(摂津名所図解

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